【青年海外協力隊】柔道隊員 ~2年間の任期を終えて~

2月 25, 2021

私は、2017年の6月末から2019年の6月末まで、青年海外協力隊(現在はJICAボランティア)の柔道隊員として、南米のボリビアでボランティア活動をしていました。

ボランティア活動期間中は、報酬を受け取る活動は一切禁止されているので、ブログを書くことも控えていました。

が、2年間の海外でのボランティア生活について、一つの記録として残そうと思い、今回ブログを書こうと思います。

なぜ青年海外協力隊になったのか?

はじめに、なぜ私が青年海外協力隊に応募しようと思ったのか、を少しおさえておこうと思います。

私が初めて「青年海外協力隊」を知ったのは、中学生のとき。

中学校の担任の先生が青年海外協力隊のOBで経験談を授業で話してくれたことがきっかけです。

その前から海外には興味があったものの、実際に海外に行ってきた人から話を聞く経験は初めてで、話の説得力を実感しました。

それからずっと海外への憧れと、自分が積み上げてきた経験を誰かの役に立てたい、という思いが自分の心の中にありました。

大学時代にはずっと心にしまい込んでいた思いを実現させることに。大学時代には柔道部に所属していたのですが、部活の練習や合宿で知り合った知人が海外に行くということで、そのコネクションを使って海外へ。

スーツケースにはもちろん柔道着をしまい込んで。

この海外旅行がめちゃくちゃ楽しかった。

オーストラリア、韓国、台湾の三カ国に行きました。

当時の私は、そこまで言語が得意なわけでは無かったのですが、どの国でも「日本人柔道家」である私をリスペクトしてくれて、柔道がコミュニケーションツールになり得るんだな、と実感した瞬間でもありました。

この海外で柔道をした経験が海外に行きたいという気持ちをさらに強くし、大学3年生の終わり頃からは絶対に海外に出るんだ、と強く思っていました。

いろんな選択肢があったのですが、最終的には自分の柔道の経験を途上国で生かしたい、という思いから青年海外協力隊の柔道の職種に応募をしました。

私のボランティア活動の概要

JICAボランティアを要請した団体は、ボリビアのサンタクルス県にある「サンタクルス柔道協会」。

このサンタクルス柔道協会が私の配属先になります。

着任した地域は、協会が持つ柔道場一つと、貧しい地域に柔道場が一つという、まだまだ柔道場の数も少ない環境。

配属先は必ず要請書というものを作成するのですが、私が要請された理由はこんな感じ。

  1. 柔道の指導方法のマンネリ化の打開
  2. 国際大会で成績を残せる選手の育成
  3. 日系移住地での柔道の復活

着任して数ヶ月後に活動計画表というものをJICA側に提出するのですが、この要請に沿うようにして活動計画を立てました。

実際には、配属先からは「子どもたちの指導をしてくれ」と言われるばかりで、要請にあった内容はどこへいったものやら。

私の思い描いていた理想と、現実は全く違うものでした。

要請内容は解決課題ではなく、配属先の要望にすぎない

そんなボランティア活動にモヤモヤしていたところで、JICAにもそのことを相談したところ、

「要請内容はあってないようなものですから」

と。

そんな回答を受けてまたモヤモヤ。

私は、要請内容を解決すべき課題だと勝手に思い込んでいたのですが、実際にはボランティアを要請するためだけの文であったりするのです。

要請内容にあった内容を改めて見てみます。

  1. 柔道の指導方法のマンネリ化の打開
  2. 国際大会で成績を残せる選手の育成
  3. 日系移住地での柔道の復活

これが実際には、

  1. 柔道の指導方法のマンネリ化の打開→現地指導者の代わりの指導者
  2. 国際大会で成績を残せる選手の育成→現地指導者の代わりに選手の指導
  3. 日系移住地での柔道の復活→ただの願望、具体的な計画なし

というように、彼らに特に計画性がなく、日本人指導者を労働力として使いたかった、という思惑。

この現実に気づいた時、とても残念で大きなショックを受けました。

しかしながら、これが途上国の実際であって、この事実を受け止めた上で私がこの先どのような活動をしていくのか、というのが自分自身の新たな課題でした。

活動計画表の見直しとその先のボランティア活動

それからは、配属先に依存する活動から、自分主体の活動へと切り替えました。

それまでは、配属先の活動に参加させてもらう、という形でしたが、配属先とは少し距離を置いて自分で無料体験会を開いてみたり、チラシ配りをしてみたり、一人完結の活動を始めていくことに。

この頃から少しずつ自分らしいボランティア活動になっていったかなと思います。

ボランティア活動の問題点

私が想像していたボランティア活動と、実際のボランティア活動は全く違いました。

一つの問題は、配属先がJICAボランティアの目的を理解して要請していないこと。また、JICA側も配属先が理解できるよう説明できていないこと。

JICAボランティアの活動の目的は配属先に技術移転をすること。

なのに、一労働者としてタダ働きさせるだけでは目的とは異なります。もちろん、指導者として生徒に接するので、生徒に対して技術移転していくことは可能なのですが。

そもそもの相互理解をしていないため、配属先がJICAに要請をしても効果の低い活動になってしまっています。

もしくは、こういう捉え方もできます。配属先はJICAボランティアの目的を理解しているにもかかわらず、ずる賢く利用をしている、ということ。

この思考は正直タチが悪いです。

JICAもボランティアもどうしようもできません。

完全にボランティア頼みの思考を持ってしまうと、まずはJICAボランティアの理念を理解してもらうところから始めなければいけないので、非常に効率が悪いです。

ボランティア活動を通して学んだこと

ボランティア活動は想像していたものとは違う。

自分がやりたいと思っていたことができない。

配属先の理解がない。

ボランティア活動は想像以上に思い通りにいかないモノでした。

それでも、

私はこの人たちに何ができるのか、何をしてあげられるのか

散々悩みましたが、やはり結論は

今の自分に出来ることをただただやっていく」こと。

これに尽きるかなと思います。

もちろん自分のできることを増やしていくために良質なインプットも大切。

悩んでいても時間が経つばかりだし、できないことを言っていても行動に移すことはできません。

なので、今の自分に今できる一歩を出すこと、そして一歩出したら次の一歩に向けて少しでも成長をしていくこと。

ボランティア生活では、うまくいかないことも多かったですが、その過程で学びを得られたことはボランティア活動をやって良かったことの一つです。

ほんとにボランティア活動はうまくいかないことばかりでした。

最後に

私にとってボランティア活動は良くも悪くも、今の自分の力量を私自身に見せてくれた鏡のようなものだと思っています。

小さい頃から憧れだった、海外での生活を実際にできたこと、第3外国語であるスペイン語を現地で学べたことは、自分にとってとても良い経験でした。

今、もう一度ボリビアに戻って生活をしているのも、このボランティア経験があったからこそです。

最後になりますが、私がじゃあ具体的にどんな活動をしてきたの?と気になった方もいると思うので、実際の活動計画表、活動状況表(1年目と1年半の進捗)、活動結果表のPDFを載せておきますので、ご興味のある方はどうぞご覧ください。

活動計画表

ボランティア活動の「活動計画表1版」はこちら▼

ボランティア活動の「活動計画表2版」はこちら▼ (1年後に改良)

活動状況表(活動の進捗)

ボランティア活動の「活動状況表1」はこちら▼ (1年目の進捗です)

ボランティア活動の「活動状況表2」はこちら▼ (1年半の進捗です)

活動結果表(活動のまとめ)

ボランティア活動の「活動結果表」はこちら▼ (2年間の活動結果です)